第三話 アリスゲーム
さて、いきなりだが問題。
今回、目を覚ますのは誰でしょう?
な〜んて言っているのは俺なわけで、つまり俺には意識があり今回起きるのはユキである。
ちなみにユキはまだ寝ている。う〜む、寝顔も可愛い・・・。
寝ているユキの白い顔にどうしても目を向けてしまう俺、
何とか理性を保っているのだが、なぜこういう事態になっているのかというと、
つまりこういうことだ。
4人の男たちの奇襲をすごい動きと氷の魔法を使い余裕で退けたユキだったが、家に帰り着いた途端、膝から崩れ落ちてしまったんだ。
「魔力を使いすぎた。」
こう一言、か細い声で言いユキは気を失ってしまった。
魔力・・・ゲームの世界みたいだな・・・
まさかミザールのやろう、変な世界に送り間違えたんじゃあなかろうな。
それにしても・・・・
「ふう・・・。」
と俺は息を漏らす。
ある程度覚悟はしていたものの、まさかいきなり命の取り合いをするハメになるとは思わなかったなぁ
しかも、冷静に考えてみたら俺って一人殺したんだな・・・
あの時は熱くなって戦うことしか考えることができなかったけどさ。
それにしてもあんな状況でよく動けたな。俺の前世は有名な剣士かなんかかもな。
こんな感じで今日のことを振り返っているうちに俺も眠ってしまった。
・・・
・・・・・
・・・・・・・・
「・・・さい!」
ん〜?なんだって?それより眠い・・・後5分だけ・・・
「さっさと起きなさいっ!」
!?
ガバッと起き上がり見ると、そこにはツインテールの金髪女が立っていた。
可愛い。じゃなくて、なんだ?誰だこの女。バカでかい声出しやがって。
「全く・・・こんな男使い物になるのかしら。」
だからお前は誰だ。
「私?ユキから聞いてないの?」
俺は今まで寝てたんだ。起こしたのはお前だろうが。
「それもそうね。私は・・・」
ん?
アホ面のまま固まってなに考えてんだ?
そいつは少し何か考えたあと、ニヤリと笑っていった。
「あんたみないな3流剣士に名乗るほど私は安い女じゃないわ!」
は?
「そうね。あそこにある森にいるモンスターを・・・手始めに10匹狩ってきなさい!」
なんでだ
「そのくらい出来ないようじゃユキや私の足手まといってことよ!わかったらさっさと行きなさい。ご飯もそのあと!」
まったくわけがわからないまま家を叩き出されてしまった俺、中にいるバカ女にむかって叫ぶ。
「剣を取ってくれぃ。」
さて、森に着いた俺なのだがモンスターなんてどこにいるんだ?
さっきからやたらデカイ虫が俺の周りをブンブン飛び回ってる以外に生き物の気配はなかった。
それにしてもこの虫目障りだな。だんだんイライラしてきたぞ
ちなみに飛び回ってるのは50センチはありそうなテントウムシだ。
なんなんだこの森は・・・
と、テントウムシが視界から消えた。
背筋が、氷が這っているかのようにゾクゾクした。凄まじい殺気ってやつだ!
なにかいるッ!
素早くあたりを見回す・・・どこだ・・・いた!
猿みたいな、しかし一目でそうでないとわかるモンスターが木の上でテントウムシをバリバリ音を立てながら食っていた。
「グガァァァァァァッ!」
テントウムシを食い終えた猿は食い足りないという感じでこっちを睨み、ものすごい咆哮をあげる。
よくみたらキバの長さが人間の中指ぐらいある・・・怖ええ・・・
こんなんを10匹も狩るのかよ。
どすぅん・・・
木から飛び降りた猿がジリジリとこっちに寄ってくる。
剣に警戒してるんだな。
俺は一気に剣を抜き構えた。どっからでもかかってきやがれ。でもよければお帰りください。
2分ぐらい睨み合いが続いただろうか。集中力が少し乱れた次の瞬間、猿は視界から消えた。
どこだ!
あたりを見回す・・・!
ヒュゥッ
右から風を切る音がした!そこか!
ガキィィィン!!
「あ・・・っぶねぇ・・・ッ!」
剣でなんとかガードできたものの、こいつ・・・木の上をものすごい速さで移動しやがる!
まずいな、このままじゃ一方的じゃないか。
俺がたいした使い手じゃないと理解したらしい糞猿は次々と攻撃を仕掛けてくる。
こうなったら・・・
ガキィン・・・!
猿の鋭い爪を剣で受け止めた俺。ニヤリ。
「グギャアア〜〜!」
猿が悲鳴に似た鳴き声を上げる
土の目潰しだ!勝ったッ!死ねィ!
「オラァァーッ!」
俺は剣で猿の脳天から腰あたりまで裂いてやった。おお勝てた!
喜び勇んだ次の瞬間、かつてない巨大な衝撃が脳を揺さぶった。
「ガハァ・・・ッ!」
目の前がぼやける。数回瞬きしてなんとか目に映ったものは・・・
さっきの猿、いや違う。あいつはさっき真っ二つにしてやったんだ。それに、
こいつはさっきのヤツの数倍デカイ・・・ッ!!
真っ赤な目でこっちを睨んでくる。殺される!
痛みを堪え必死に逃げる。こんなん、勝てるわけねえ!
頭に衝撃を食らったせいか地面が揺れる。
山のような猿は握り締めた拳を振り上げる。
ドゴォォォォォ・・・ン!!
目の前にクレーターが出来ていた。
ギリギリ外れたものの、当たったら絶対命はない。
コーラを飲んだらゲップが出るってぐらい確実だ!
猿がもう一度拳を振り上げる。
「ウガァァァァァァァッ!」
雄叫びと共に振り下ろされた拳。
樹の根につまづいちまった。避けきれないっ。
死を覚悟する俺。ミザールの野郎、呪い殺してやる。
次の瞬間。
落ちてきたのは拳ではなかった。
白目を剥いて死んだ猿が崩れ落ちてきたんだ。
「間に合った?・・・大丈夫?!」
息を切らし、ツインテールを揺らしながら駆けつけたのは、あのバカ女だった。
目を凝らすと弓を持っている。まさかこの猿お前が倒したのか?
俺の言葉を完全無視し、頬を一発。いってーな
「あんたバカァ?私はあっちの森って言ったの!こっちは危険すぎるから。」
なに、もしかして俺はこんなデカイ猿を相手にする必要はなかったのか?
愕然とする俺。
「当たり前でしょ?ここは狩人も滅多に手を出さないの。死の森って呼ばれるぐらい危険なのよ。」
いったん言葉を切って
「あんたにはもっとよわっちいモンスターを相手にさせるつもりだったんだけど。」
がっくりと肩を落とす俺。今までの死闘はなんだったんだ
「それにしても・・・!」
バカ女は言葉を詰まらせた。どうした?
「あんた・・・アレ、あんたが倒したの?」
意外そうな声で真っ二つの猿を指差す。
「ああ、なんとかな。」
ぶっきらぼうに答える俺。まさに骨折り損だよ畜生。
「ふ〜ん」
と口を尖らせて俺を見つめていたバカ女は
「まぁいいわ。合格。朝ごはんにしましょう。」
と言って立ち上がる。よくわからんがやったね。飯にありつける。
俺もついていこうと立ち上がると、バカ女がこっちを振り向き言った。
「忘れてた。」
なにを?
「名前」
ああ、そういえばそうだった。さすがにずっとバカ女なんて呼ぶわけにもいかんしな。
で、名前なんていうの?
俺が聞くと、
「アリス」
言ってさっさと走って帰っちまった。
ふむ、アリスか。覚えやすくていいな。
ふと、気になり大猿を見た俺。マジで驚いた。
大猿の顔には5本もの矢が深々と突き刺さっていたのだ。
あの一瞬でどうやって・・・
あいつもユキみたいに超人的な技が使えるってことなんだろうか・・・
う〜む・・・
・・・・・・
い・・・一生の不覚。
まさかこんなことになるとは・・・すげーやばい。
え?なにって?
道に迷っちまったんだよぉーっ!
いつ、またあの大猿がでるかもわからない森の中で迷子になっちまったんだ。
くっそ、地図ぐらい持ってくるんだった。
アリスが走っていった方向は確かこっちだよな・・・
こういうとき、自分の記憶力の悪さにはホント腹が立つ・・・くっそ
だれかたすけてー
そうこうしている間に時間は刻一刻と過ぎていったわけで、
ぜぇぜぇ言いながら帰り着いたのは昼近くなってからだった。
ボロ雑巾のようになって帰ってきた俺にアリスは
「バッカじゃない?なにしてたの?」
罵声を浴びせやがった。くっそ。
元はといえばお前がさっさと帰っちまうからこうなったんだ。道を覚えてなかった俺も俺だけどさ。
ひとこと文句を言おうとアリスをみる。
「ん?」
と俺。よくみたらアリスの目・・・
「あら。オッドアイ知らない?」
名前だけは聞いたことあるけど実際見たのは初めてだな。
アリスの目は、右が燃えるような赤、左は暗い茶色だった。すげー綺麗。
「どうでもいいけど」
とアリス。
「そんな泥まみれじゃあご飯あげないわよ?」
げ。
すっかり忘れてたよ。
さっさとシャワー浴びて飯だ飯っ!
「・・・・あ!ちょっとまって・・・!」
引き止めようとするアリスを振り切りシャワールームへとすっ飛んでいく俺。
今思えば、素直に引き止められてればよかった・・・・
この家にもう一人、住人がいることをすっかり忘れていた。
服を脱ぎ捨てシャワールームへ飛び込んだ俺が目にしたものは、
そう。
シャワーを済ませたばかりのユキだった。
汗をだらだら流しながらどんどん赤くなる俺。
そして意思に反して全く動かない目。
まずい。目を離せ。動け!動けよ!今動かなきゃなんにもなんないんだ!
「ご・・・・ゴメン・・・。」
声が上ずっている。
情けない声で謝る俺を無視し、服を着てシャワールームを出ようとするユキ。
「え〜・・・・あ・・・・た、体調はもう大丈夫なのか?」
ぎこちなく聞く俺に、
「・・・・ええ」
一言だけいってユキはシャワールームを出ていった。
シャワーを終え、リビングに戻ろうとるすると廊下にアリスがいた。
「あんた、ユキに変なことしてないでしょうね。」
残念ながらなにもできなかったよ。
「嘘ね。アンタ明らかに目が泳いでるもん。」
くっそ。さっきは断固として動かなかったくせに・・・
「不可抗力で裸を見ちまったけど、一応理性は保ったんだ。誉められて然るべきだと思うんだがな」
って言ったら
「まぁ・・・何もしてないならいいけど・・・」
と、口を尖らせて言った。いいのか。
「とにかくご飯にしましょう。」
え?あ、ああ。
その後、何事もなかったかのように飯を食った俺達なのだが、
「あんたの実力は大体わかったからね。明日からあんたをビシバシ鍛えるわよ。覚悟してなさい」
というアリスの言葉が引っかかった。
これから地獄の日々が待ち構えていようとは・・・